ハドロン宇宙国際研究センターのニュートリノ天文学部門は、アイスキューブ(IceCube)実験というニュートリノ観測実験に参加しています。
IceCube実験とは、南極点直下の氷中1500 mから2500 mの深さに5160 個の直径約33 cmの球状をした光検出器を埋め込んで宇宙から飛来する高エネルギーニュートリノを観測する国際共同プロジェクトです。
私たち千葉大学チームは、日本から唯一の参加機関です。
2002 年の観測施設建設当初からこの実験に携わっており、これまで発見された代表的なニュートリノ事象や、ニュートリノ起源の同定といった成果にも主要チームとして貢献しています。
IceCube実験が観測しているニュートリノは、とても透過性の高い不思議な素粒子です。ほかの物質とはほとんど相互作用しないため検出するのは至難の業です。そんなニュートリノでもまれに原子核や電子と衝突することがあり、その際に荷電粒子が生成されチェレンコフ光という光を放出します。IceCube実験は、このチェレンコフ光を検出することによりニュートリノを捉えます。
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そのため、ニュートリノが衝突する頻度を上げるため、大量の物質を取り囲むように検出施設を建設する必要があります。ノーベル賞を受賞した東京大学の小柴昌俊教授や梶田隆章教授のニュートリノ観測装置「スーパーカミオカンデ」のように水槽を建設し水を貯める方法もありますが、IceCubeではより広い範囲での検出を目指したため、人工で貯水槽を作るとすると、広大な土地を見つけなければいけませんし、建設にも莫大なコストがかかります。そこで、IceCubeの生みの親、ウィスコンシン大学のフランシス・ハルチェン教授が、南極の広大な氷河を活用することを考えつきます。海や湖での実験もありますが、風や波の影響が問題になります。その点、固く凍った氷の中ではそういった心配はなく、透明度の高い南極点の氷河は観測に理想的な環境と言えます。
IceCubeプロジェクトは、ウィスコンシン大学を中心とする国際チームによって開始され大型観測施設が南極点にアメリカ合衆国が所有する「アムンゼン・スコット基地」に建設されました。IceCube実験の前形である「AMANDA(アマンダ)」実験が1996 年に始まり、IceCube観測施設の建設は2004 年に開始され、2005 年からは部分的な観測が開始されました。建設が完了し、フル稼働での観測は2011 年から始まりました。
IceCube観測施設は、アメリカ合衆国所有のアムンゼン・スコット基地(Amundsen-Scott South Pole Station)内に建てられています。南極大陸の中央、南極点付近に所在します。
基地の名前は、南極点初到達を争ったノルウェーのロアール・アムンゼン(Roald Amundsen)とイギリスのロバート・スコット(Robert Falcon Scott)の2 名の探検家に敬意を表し名づけられています。
南半球では、3 月~9 月が冬季にあたり、11 月~2 月が夏季となります。3月の平均気温は、マイナス45 ℃まで下がります。
IceCubeニュートリノ観測施設は、氷河上に建てられたIceCube実験制御室ICL(IceCube Laboratory)を中心に直径1 kmにわたり氷河下に埋設された86 本のケーブルに連なった計5160 個もの検出器で形成されています。
検出器は、地上下1450 mの位置から2450mの深さにまで埋設され、観測施設の全体の大きさは富士山の6 合目の高さと同じくらいです。
DOM(Digital Optical Module)とよばれる光電子検出器が、17 m間隔で1 本のケーブルに60個つながれています。すべての検出器はそのケーブルを介して地上のICLとつながっており、電力の供給や検出したデータの抽出を行います。
IceCube観測施設の中央に立つ制御室。深い雪に埋まらないよう高床式に作られています。元々は夏に滞在する研究者の宿舎であった建物が改造され、IceCube実験のための観測所として生まれ変わりました。左右の柱の中にはケーブルが通っており、氷河下の5160 個の検出器とつながっています。
DOM(Digital Optical Module)とよばれる光電子検出器が、氷河中で光るチェレンコフ光を捉えます。直径30 cmの球型検出器には、光電子増倍管(PMT)が下向きに設置されており、微弱で瞬間的に発されるチェレンコフ光を検出し、その信号を増幅します。その信号を高速に処理するコンピュータ基盤も内蔵されています。
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南極点の氷河を使ったニュートリノ観測実験のアイデアが生まれ、現在に至るまでの経緯をご紹介します。
5年以上かけて行われたIceCube観測施設の建設は、2010 年12 月に完了し、翌年からは全検出器を用いてのフル稼働を開始し、これまで多くの高エネルギーニュートリノの検出に成功し、様々な成果を上げています。
IceCube実験装置の建設は5 年以上かけて行われ、2010 年12 月に完了しました。翌年の4 月からIC-86(86 本のストリングに連なった計5160 個のDOM検出器)での全光検出器を用いた観測実験が始まりました。
その完成したIceCubeによる観測データを用いての解析により、千葉大学チームは、1.2PeV(PeVはエネルギーの単位で10の15乗電子ボルト)と1.4PeVのニュートリノが氷と相互作用して放射されたチェレンコフ光を捕えたと考えられる2つの事象を発見しました。
1つめの事象は、全検出器により観測実験開始間もなくの2011年8月に検出されました。(1.04±0.16) PeVもの超高エネルギー宇宙ニュートリノ信号で、1 万個ものものすごい数の光子が、検出器に飛び込んできていました。
2つ目の事象は、翌年2012 年1 月に検出され、こちらも(1.14±0.17)PeVもの超高エネルギー宇宙ニュートリノと確認されました。後に、アメリカの長寿子供番組にあやかってBert(バート)とErnie(アーニー)と名付けられたこれらの2つの事象は、CGで作られたかと思うような綺麗な氷河シャワータイプの事象で、IC-86の検出器網の中心で炸裂した大きな信号でした。他の解析を行っていた際に入射角度推定の誤差があり、その誤りが幸いしこの大きな発見に至りました。
この2事象の観測結果を受け、より低エネルギー領域(3x10の13乗電子ボルト=30TeV)から同カテゴリーのニュートリノのフォローアップ探索を行いました。この結果、前回の解析から発見された 2 事象に加えさらに 26 事象が観測されました。これらの計 28 事象の観測に対して期待される背景事象は 11+5-3事象であり、観測されたエネルギー、事象トポロジー及び到来方向分布を考えた時、この 26 事象が背景事象によってすべて説明できる可能性は非常に低いことがわかりました。 このことから前回の 2 事象の観測と合わせると、4 σ をこえる統計的有意性での大気起源の背景事象ではない、世界で初めての高エネルギー宇宙ニュートリノの観測ということが証明されました。これは1987 年にカミオカンデ実験が捉えたニュートリノ信号以来捉えることができていなかった太陽系外からの宇宙ニュートリノであり、この発見によりニュートリノ天文学の可能性がそれまでの一億倍以上の高いエネルギー領域にも広がることとなりました。
この成果は、理論的に予言されていた高エネルギー宇宙ニュートリノが実在することを示す世界初の観測として、千葉大学チームにより2012 年6 月に開催された国際会議で発表されました。その後、EHE(超高エネルギーニュートリノイベント)に特化した解析の結果を千葉大学チームは速報論文にまとめ、科学誌「フィジカル・レビュー・レターズ Physical Review Letters」にて2013年7月に発表しました。またこの発見を受け実施された追加解析の結果をまとめた論文をIceCubeグループは2013年12月に「サイエンス Science」誌で発表しました。これらの成果は、宇宙ニュートリノの存在の揺るぎない証拠を示した解析として大きな評価を受け、イギリスの「フィジックス・ワールド」誌によりその年の物理学「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」に選出されました。これは粒子を加速する宇宙「エンジン」によって作られたニュートリノが実在することを示唆する世界初の観測結果です。この成果により、宇宙全体の高エネルギーニュートリノの存在量の推定まで可能となりました。
掲載誌:Physical Review Letters
論文タイトル:
First observation of PeV-energy neutrinos with IceCube
著者:IceCube Collaboration
DOI: 10.1103/PhysRevLett.111.021103
掲載誌:Science
論文タイトル:
Evidence for High-Energy Extraterrestrial Neutrinos at the IceCube Detector
著者:IceCube Collaboration
DOI: 10.1126/science.1242856
2012 年の初検出以来、IceCubeは多くの高エネルギー宇宙ニュートリノを検出して来ましたが、その放射源はこれまで見つけることができませんでした。
しかし、2017 年にIceCubeが検出したIC170922Aというニュートリノ事象のその到来方向を示す情報を元に、世界中の観測施設が追尾観測を行った結果、ニュートリノ放射源天体の初同定に成功しました。
この研究結果について下記の2編の論文が米科学誌「サイエンス」に掲載され、国内外より注目を集め、サイエンス誌が発表した2018 年の10 大研究成果の一つにも選ばれました。
掲載誌:Science
論文タイトル:Multimessenger observations of a flaring blazar coincident with high-energy neutrino IceCube-170922A
著者:The IceCube, Fermi-LAT, MAGIC, Kanata, Kiso teams et al.
DOI:10.1126/science.aat1378
掲載誌:Science
論文タイトル:Neutrino emission from the direction of the blazar TXS 0506+056 prior to the IceCube-170922A alert
著者:IceCube Collaboration
DOI:10.1126/science.aat2890
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IceCube実験に参加する世界各国の研究機関は、アイスキューブコラボレーション(IceCube Collaboration)といいます。2020 年現在、世界12 ヵ国から50の研究機関が参加しています。そしてIceCube実験に携わる約300 名の研究者らは「IceCuber(アイスキューバー)」と呼ばれています。普段は異なる国や場所で作業をしていますが、日常的にオンラインでのミーティングが行われています。
そのほかに年に2 回コラボレーションミーティング(IceCube Collaboration Meeting)が開催され、研究者らが一堂に集まり研究の進捗報告や情報交換をする貴重な機会となっています。写真は2019 年に千葉大学内で行われたコラボレーションミーティングでの集合写真です。現在は、世界的な新型コロナ感染拡大の影響で、オンラインで行われており、笑顔で再会できるのを皆心待ちにしています。
IceCube実験の次のステップとして2つの計画が進行しています。
2022年に建設が予定されているIceCubeアップグレード計画、そしてその後に予定されている次世代IceCube実験、「Gen-2(ジェンツー)」計画です。
アップグレード計画では、700 個の高性能新型光検出器を埋設します。また、Gen2計画では、観測範囲を現行のIceCubeのおよそ8 倍にし、ニュートリノ点源検出感度を5倍以上になります。
2017年に検出されたニュートリノの放射源天体に続き、マルチメッセンジャー天文学における他観測施設との連携を強化し、更なる放射源天体同定が今後の大きな目標です。それには、その道標となるニュートリノをより多く検出し、観測回数の増加が不可欠です。この目標を推し進めるためにIceCube実験は進化し続け、これからも多くのニュートリノ起源天体の同定を目指します。
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