ニュートリノは、イタリア語で「電気を帯びていない+小さい」という意味の名前を持った、素粒子のひとつです。
素粒子とは、物質を究極までバラバラにすると現れる要素です。物を構成する一番小さい単位のことで、たとえば、皆さんの身体も、着ている服も、その手に持っているお菓子も、いつも飲んでいる水も、みんなみんな素粒子の集まりです。
この素粒子には、大きく分けて 「物質を作る物質粒子」「力を伝えるゲージ粒子」「質量を与えるヒッグス粒子」 の3種類の特徴を持つグループがあります。 さらにそれぞれの素粒子に対して、電気の符号が反対の性質を持つ反粒子と呼ばれる粒子も存在します。ニュートリノは、物質粒子に属するレプトンという素粒子の仲間です。
素粒子の集まりとはどういうことでしょうか。
例として、ヒトの身体を素粒子まで分解してみましょう。
ヒトは、細胞でできています。
その細胞は様々な分子で出来ています。
そしてその分子も、いくつもの原子がつながってできています。
この原子が最終的に行き着く最小要素ではなく、これは原子核とその周りを電子が飛んでいる構造をしています。この電子こそが、レプトンという種類の素粒子なのです。
さらに原子核は、陽子と中性子で出来ています。
そしてこの陽子や中性子というのは、クォークという種類の3つの素粒子で出来ています。
ヒトだけでなく、机でもペンでも肉でも水でもスマホでも…皆さんの周りにある目に見えるようなモノは全て上の図にあるたった数種類の素粒子で出来ているのです。
そう考えると素粒子を少し身近に感じて来ませんか?
そんな、意外と身近に存在する素粒子ですが、その一つであるニュートリノは、とても不思議な性質を持ち合わせています。
宇宙から常に私たちの住んでいる地球に降り注いでいることが、分かっています。
ニュートリノは、+の電気もーの電気も帯びていないので、他のものとくっついたり反発したりしないため、他の物質とぶつかっても影響しません。
また非常に小さく、原子の中も通り抜けることのできる、まるで幽霊かお化けのような粒子です。
実は、私たちの周りにもたくさんのニュートリノが飛び交っています。このウェブページを読んでいるこの瞬間にも、1秒間に約100兆個のニュートリノが私たちの体を通り抜けているのです。
でもそれを私たちが感じることはありません。
3種のニュートリノが存在することが分かっています。
電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、そしてタウニュートリノです。
2015年にノーベル賞を受賞した東京大学の梶田氏らが行っていたスーパーカミオカンデの実験によって、この3種類のニュートリノがそれぞれに姿を変えあっているというニュートリノ振動を測定することで、ニュートリノに質量があることを発見しました。
それまでニュートリノには質量がないと考えられていたため、素粒子物理学の世界に一石を投じる衝撃的な発見でした。
そんな目に見えないお化け素粒子ニュートリノは、どうやって発見され、研究されてきたのでしょうか?
1930年ごろ
一番初めに「なにかがいる!」と思ったのは、パウリでした。彼はベータ崩壊(中性子が陽子と電子に分裂すること)という現象を研究中に、中性子の時よりも崩壊してできた陽子と電子の持つエネルギーが少ないということに気づき、エネルギーの保存の法則と矛盾しているように見える現象の裏には、隠れた粒子がエネルギーを持ち去っているのではと考え、ニュートリノの存在を予想したのです。
1933年ごろ
この不思議な粒子に名前がついたのは、1933年です。名前を付けたのは、パウリの考えた理論を元にベータ崩壊の研究をしていたフェルミです。
1953年ごろ
パウリの予想したニュートリノを、1956年にライネスらが本当に見つけます。彼らは、原子炉から生まれるニュートリノの検出に成功、命名から20年以上も経っての発見でした。
1970年ごろ
70年代にはデイビスが、太陽内部の核反応から生まれたニュートリノを初めて観測。これは、それまで理論上で存在するとされていた量よりもはるかに少なく、理論の組み立てを一から再検証することが求められる契機になった発見でした。
1987年ごろ
1987年に東京大学の小柴教授のグループが、岐阜県神岡鉱山跡に建設された「カミオカンデ」ニュートリノ観測装置により超新星爆発で放出されたニュートリノ検出に成功します。
1998年ごろ
日本でもスーパーカミオカンデ(1996年完成)により、大気ニュートリノの観測が続けられ、その観測結果により東京大学の梶田教授らは、ニュートリノの振動を発見、ニュートリノが質量をもつことを初めて証明し、今後の研究に大きな影響を与えました。
ニュートリノの実態は、たくさんの物理学者が長い時間をかけて明らかにしてました。そして、その成果のいくつかにはノーベル物理学賞が授与されています。
現在もIceCube実験を始め、 世界中で多くの研究者により、ニュートリノの研究が進められています。
目に見えず、通り過ぎてしまうニュートリノを捕まえるのは容易なことではありませんが、物質とめったに反応しないニュートリノも、原子核や電子とぶつかった際に反応作用で光が発せられることがあります。この光をチェレンコフ光といい、研究者らはこの光を使ってニュートリノを検出することを考えつきました。
岐阜県神岡鉱山跡にあるスーパーカミオカンデは、大きなタンクに水をためてこのチェレンコフ光を検出しニュートリノを捕まえる観測装置です。
多くのニュートリノを検出するにはより大きな観測装置が必要です。大きなタンクを作るには広大な土地が必要になります。
地球上に存在する湖や海などを検出装置に使うという案も考えられましたが、波や風の影響が検出の妨げになります。
そこで、当センターが参加するIceCube実験が着目したのは、同じ水分子を含む氷です。冷やし固められた氷であれば、波や風に影響を受けることもありません。
透過性の高いよりクリアな氷が1年中ある南極点に世界最大のニュートリノ観測施設を建設しました。氷の中に埋められた5160個もの光検出器が、南極点の氷河下を通るニュートリノが水分子に反応して発する光を捕まえます。
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ニュートリノは、宇宙のなかで光の次に数の多い素粒子です。目には見えないけれど、私たちの周りを飛び回っています。しかし、その謎はあまり解明されていません。ニュートリノの性質を理解することで、宇宙の誕生や起源の謎を解き明かすことができるのではと考えられています。
多くの研究者が着目しているのは、なんでも通り抜けてしまうニュートリノの貫通力です。なかでもニュートリノは、宇宙線という光のスピードで宇宙から地球に降り注ぐ高エネルギーの束の起源を解明するために重要な要素になると期待されています。
宇宙線は、その発見から100年以上たった今でもその実態は分かっていません。その起源を明らかにすることは宇宙物理学最大の課題です。
宇宙線は、宇宙のどこかで発生し、地球に届くまでの間に宇宙空間を満たす放射やガスなどの影響を受け、その方向を変えてしまいます。そのため、宇宙線の到来方向を解析するのは至難の業です。
宇宙線がなにか衝突した際、ニュートリノが飛び出すということが分かっています。
ニュートリノは、放射やガスと衝突することもなく磁場によって軌道が曲げられることもないので、そのまま真っすぐ飛んで来ます。宇宙線やγ(ガンマ)線と違い、遠方のはるか彼方から飛んで来てもその道筋をたどることができるのです。また、現代の最新技術やテクノロジーをもってしても観測することができない遠い遠い宇宙を通り抜けてくるこの素粒子を研究することは、まだわかっていない宇宙の謎を解明する一歩となるのです。
このように宇宙探査のカギとなるニュートリノを捉え極限高エネルギー宇宙の現状を調べる21世紀の新しい研究手法を、「ニュートリノ天文学」といいます。
また、ニュートリノだけでなく、電磁波やガンマ線、重力波などを協調して観測を行う「マルチメッセンジャー天文学」という手法も近年その成果に注目が集まっています。これはそれぞれ異なる発生メカニズムをもつ観測対象の検出結果を総合することで発生源の解明に迫ることが可能となります。
当センターでは、高エネルギーニュートリノ信号をリアルタイムに同定し、検出情報を世界の天文観測施設に速報アラートとして送るシステムを開発しました。これにより、IceCubeニュートリノ検出器が特異なニュートリノ信号を検出した際、その到来方向などの情報を瞬時に解析し、世界中のあらゆる種類の観測機関に送られる速報により、可視光・電波・γ線による即時追尾観測が可能になるものです。
この画期的な手法により、2017年9月にIceCubeが検出した高エネルギーニュートリノ事象の速報アラートをうけ、ガンマ線や可視光などの観測機関が観測行った結果、その放射源天体の史上初の同定に成功しました。
ニュートリノ観測を軸に様々な観測手段を組み合わせて得られた同定の成功は、新たな宇宙の探査方法を拓き、宇宙探査における挑戦という視点から多くの関心が寄せられています。
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