マルチメッセンジャー天文学 | ニュートリノ天文学

天文学は、古くから人の眼で見ることができる光(可視光)を頼りに行う可視光観測によって発展してきました。天文学の父として有名なガリレオ・ガリレイが天体観測のために作成した望遠鏡に始まり、可視光で宇宙をよりよく見るために生み出された天体観測の手段ですが、宇宙は広大で常に霧がかかったような状態であるため、いくら望遠鏡の精度を上げても、可視光での観測には限界があります。

20世紀に入り、その天文学の形が大きく進化しました。可視光以外の手段で観測する新しい実験装置が開発され、X線や電波といった可視光以外の電磁波による観測が可能になりました。さらには、少し前までは存在をみつけることが難しいと考えられてきたニュートリノ、重力波といった電磁波以外のメッセンジャーを用いた天文学も発展して来ています。

これらの様々な「メッセンジャー」が持つ情報を連携させ異なる観測対象を持つ観測施設が協調し、宇宙の謎を解明することを目指す天文学を「マルチメッセンジャー天文学」といいます。

電磁波や重力波、ニュートリノ、宇宙線は、それぞれ異なる発生メカニズムを持っているため、様々な天文観測チャンネルの観測データを組み合わせ、時刻と到来方向の相関をとることで、ニュートリノ放射源天体の同定が可能となります。

IceCubeグループでも、このマルチメッセンジャー天文学を活用し、IceCubeが検出した重要な情報を持つ宇宙ニュートリノ事象(ニュートリノ由来のチェレンコフ光信号)のデータを正確に即時解析し、世界の天文観測施設にアラート送信するシステム(リアルタイム・アラート)を開発し、2016年4月よりその運用を開始しました。

cosmicRay
宇宙からは、様々な「メッセンジャー」が重要な情報をもって地球に飛来する。

IceCubeとリアルタイム・アラート(即時解析システム)

千葉大学のIceCubeグループは、超高エネルギー帯(100TeVからEeV)の宇宙ニュートリノ検出感度に特化したアラート「EHE(Extremely High Energy)」セレクションの開発を担当しました。

IceCubeが検出するニュートリノ事象の多くが「背景事象」と呼ばれる重要度の低い事象のため、このアリゴリズムにより、その中から重要な情報を持つ解析に適した事象を選別します。そしてそのプライオリティの高いデータのみが即時に解析され、その到来方向を含む情報と共に世界中の観測施設にアラート配信されます。そのアラートを受け取った各観測施設の天文望遠鏡で追尾観測を行い、ニュートリノが飛んできた方向の宇宙で何か特殊な動きをしている天体がないかを調査します。

アラートは、ニュートリノ事象が検出されて30秒ほどで配信されますが、アラートが送られた先が昼間だった場合や悪天候のため観測できないということもあります。夜間で観測条件が整った場所から順番に観測されるため、そのタイミングも重要になります。

2016年7月に最初のEHEニュートリノ事象検出のアラートが配信されて以降、約1年間で4本のアラートを配信し、γ(ガンマ)線望遠鏡などによる追尾観測が行われましたが、天体同定には至りませんでした。

IceCube 170922A

2017年の日本時間9月23日(世界標準時間では2017年9月22日)の早朝5時54分にEHEセレクションによりIceCubeが検出した高エネルギーニュートリノ事象が同定されました。水平にIceCube検出容積内を突き切るトラック型の典型的な高エネルギー事象で、その到来方向が精度よく推定されるなど好条件で検出されました。

チェレンコフ光の分布図
世界標準時間の2017年9月22日に検出されたため、IceCube170922Aと名付けられた宇宙ニュートリノ事象(チェレンコフ光の分布図)。
各球は氷河内に埋設されたIceCubeの光検出器。球のサイズはその検出器でうけたチェレンコフ光の量を示す。また、色は検出したタイミングを表し、赤 → 青の順に信号が記録された。

IC170922Aの到来方向などの観測情報が直ちにアラートにより世界中の観測施設に配信され、追尾観測を始めました。

追尾観測
IC170922Aのデータを元に世界各国の観測施設が行った追尾観測

このアラート配信を受け、広島大学のかなた望遠鏡がニュートリノ事象検出の20時間後に観測を開始し、ニュートリノの到来方向にあるブレーザー天体TXS0506+056が可視光域で増光していることを発見しました。その情報を元に、同大学のFermi-γ(ガンマ)線衛星の観測チームがFermi-LAT共同研究の観測データの解析を行い、通常をはるかに上回る輝度でγ線を放射していることを見つけます。

その中核に巨大なブラックホールを備えたブレーザー天体(BL-Lac型)であるTXS0506+056はすでにその存在を知られていた天体で、Fermi-LAT Sourceという天体のカタログにも公開されていました。この天体は2017年の4月からその活動を活発化し、通常時の最大約6倍の輝度でγ線を放射していました。IC170922Aのニュートリノ事象もこのγ線放射の活発期に検出されたことが分かりました。

ブレーザー天体TXS0506+056
巨大なブラックホールを備え、その中心からジェットを吹き出すブレーザー天体TXS0506+056は、オリオン座方向の空に位置する。

更に、より高いエネルギーのγ線に感度がある「MAGIC」という解像型大気チェレンコフ望遠鏡の観測により、この天体から100GeVを超える非常にエネルギーの高いγ線が検出されました。IceCubeが検出した高エネルギーニュートリノ事象と方角と時刻ともに同期した超高エネルギーのγ線放射が観測されたのは、史上初めてのことでした。

次に、IceCubeによるニュートリノ観測とγ線の増光の観測は偶然ではないかという仮説に対し、検証がされました。統計的な有意性を検定した結果、4σ(シグマ)という有意度が示されました。これは偶然に起こる確率は、0.003%ほどということを意味します。また過去のIceCube観測データを再調査し、この天体の方向の観測データを詳細解析したところ、2014年12月16日を中心とした160日の期間に、同天体の方向から多数のニュートリノ事象が確認されました。これらの検証により、この天体が史上初めて同定されたニュートリノ放射源天体であることが証明されました。

これらの成果は、米科学誌「サイエンス」 に掲載された下記の2編の論文にて発表されました。

掲載誌:Science
論文タイトル:Multimessenger observations of a flaring blazar coincident with high-energy neutrino IceCube-170922A

著者:The IceCube, Fermi-LAT, MAGIC, Kanata, Kiso teams et al.
DOI:10.1126/science.aat1378

掲載誌:Science
論文タイトル:Neutrino emission from the direction of the blazar TXS 0506+056 prior to the IceCube-170922A alert

著者:IceCube Collaboration
DOI:10.1126/science.aat2890

未解明の大きな謎である超高エネルギー宇宙線放射機構を理解する重要な一歩となるこの研究成果は、国内外より注目を集め、サイエンス誌が発表した2018年の10大研究成果の一つにも選ばれました。

プレスリリースの様子
上:アメリカ・IceCube本部により行われたプレスリリースの様子。
下:千葉大学チームと各観測チームが行った記者会見。

マルチメッセンジャー天文学の有効性とIceCubeの役割

史上初のニュートリノ放射源天体同定の成果は、IceCubeの「リアルタイム・アラート」システムとニュートリノを含むマルチメッセンジャー観測手法の有効性を示すものとなりました。

この観測システムをさらに強化し、世界中の観測施設との連携を一層深め、より多くの起源天体の特定が今後の課題です。

また、追尾観測の情報元となるニュートリノの検出感度も高め、その事象検出件数をあげることも不可欠です。2022年に建設が予定されているIceCubeアップグレードとそのあとに続くIceCube-Gen2(ジェンツー)計画により、その検出容積を現行のIceCubeの約8倍に増やし、放射源天体同定を可能とするニュートリノ事象をより高い頻度での検出を目指します。

次世代IceCube
2022年から建設が始まるアップグレード計画とその後10年かけて完成する次世代IceCube「Gen2」。先代のIceCube(赤い部分)の約8倍の大きさになる。

「IceCubeアップグレード計画と次世代IceCube Gen2」についてはこちら