ブラックホール降着円盤とジェット | プラズマ宇宙研究について

プラズマ宇宙研究部門松元亮治 教授

ブラックホール降着円盤と宇宙ジェット形成のシミュレーション結果
図1 ブラックホール降着円盤と宇宙ジェット形成のシミュレーション結果。
カラーは密度分布、実線は磁力線。(左図:町田真美氏提供、右図:桑原匠史氏提供)

重力を及ぼす天体のまわりに形成される降着円盤(図1)は、活動銀河中心核や銀河系内のブラックホール候補天体で観測される様々な活動現象(激しい時間変動、X線放射、ジェットの噴出など)を駆動していると考えられています。そのエネルギー源は回転しながら中心天体に落下する物質の持つ重力エネルギーです。中心天体のまわりを回転する物質に摩擦が働かなければ物質は回転を続けます。この場合にはエネルギーを取り出すことはできません。もし摩擦が働くと、物質は角運動量を失って落下し、より内側の軌道を回転するようになります(図2左図)。このふたつの軌道の重力の位置エネルギーの差(図2右図)が降着円盤のエネルギー源です。中心天体がブラックホールの場合、このメカニズムによって静止エネルギーの5%~40%のエネルギーを取り出すことができます。これは、核融合よりも桁違いに高い効率です。このため、ブラックホール降着円盤は宇宙で最も明るい天体として観測されます。

降着円盤におけるエネルギー解放のメカニズム
図2 降着円盤におけるエネルギー解放のメカニズム。回転物質が角運動量を失って落下することにより、重力の位置エネルギーを取り出すことができる。

プラズマ宇宙研究部門では、降着円盤の形成、時間変動、ジェットの形成機構を磁気流体シミュレーションによって調べています。ブラックホール降着円盤のような高温プラズマでは粘性が小さく、流体粘性による角運動量損失だけでは観測を説明することができません。他方、磁場を考慮すると十分な角運動量輸送が可能です。図3に磁場とプラズマの相互作用を考慮した磁気流体シミュレーション結果を示します。弱いトロイダル磁場(赤線)を有する回転トーラス(図3左図)を初期条件として3次元磁気流体シミュレーションを実施した結果、右図のように磁気乱流が発達し、磁気応力によって角運動量が輸送されて回転物質が落下し、10回転後には円盤状の降着流が形成されることがわかりました。円盤内部で強められた磁場は表面に浮上します。この磁場が円盤の回転によって捻じられ、図1右図のような噴出流(ジェット)が形成されます。

降着円盤形成の3次元磁気流体シミュレーション結果
図3 降着円盤形成の3次元磁気流体シミュレーション結果。カラーは密度分布。赤線は磁力線。左図は初期条件。右図は10回転後。(松元亮治提供)

銀河系内のブラックホール候補天体の増光時や、クェーサー・セイファート銀河等の明るい活動銀河中心核では、輻射と物質の相互作用が重要になります。プラズマ宇宙研究部門では、独自に開発した高次精度の3次元磁気流体コードCANS+と1次モーメント(M1)法に基づく輻射輸送コードを結合した輻射磁気流体コードCANS+Rを用いて、増光中のブラックホール降着流の輻射磁気流体シミュレーションを実施しています(図4)。計算の結果、中心のブラックホール近傍から、ジェットが間欠的に噴出することがわかりました。また、ブラックホール質量が太陽の千万倍のセイファート銀河では、増光時に軟X線放射領域が形成されること、この領域で数日周期の準周期的な振動が発生することなどを見出しました。X線や可視光での活動銀河中心核のモニタリング観測等と比較することにより、活動銀河中心核エンジンの時間変動機構、高エネルギーニュートリノ放射源の候補であるブレーザーにおけるジェット噴出機構の解明に迫っています。


図4 ブラックホール降着流の3次元輻射磁気流体シミュレーション結果。カラーはエントロピー分布。(五十嵐太一氏提供)

プラズマ宇宙研究部門では、我々の銀河系中心領域の研究も進めています。天の川銀河の中心には太陽の400万倍の質量のブラックホールが存在しています。2013年に、このブラックホールにガス雲が近づく事象が発生しました。図5にシミュレーション結果を示します。左上から近づいてきたガス雲が降着円盤を通過することによって運動量を受け渡し、円盤の回転軸が傾くこと、ガス雲通過後10年くらいかけて磁場が強まり、円盤の活動性が高まることがわかりました。銀河系中心は2020年代に増光する可能性があります。落下してくるのがガス雲ではなく恒星の場合、ブラックホール近傍まで恒星が近づくとブラックホールの重力によって潮汐破壊されます。この際、銀河中心核は最も明るいブレーザーと同程度まで明るくなることがあります。このような現象のシミュレーションも行っています。

銀河系中心ブラックホール降着円盤を通過するガス雲の3次元磁気流体シミュレーション結果
図5 銀河系中心ブラックホール降着円盤を通過するガス雲の3次元磁気流体シミュレーション結果。カラーは密度分布。(Kawashima et al. 2017 より)