センター長のあいさつ | ICEHAPについて

吉田 滋

ハドロン宇宙国際研究センター長
吉田 滋

宇宙はいつの時代も奥深く、謎に満ちた存在です。私達の目に見える宇宙は、その奥深さのごく一部でしかありません。宇宙から送られてくる信号は、可視光だけではなく、電波から赤外線、エックス線からガンマ線にまでいたる10桁以上にも広大な波長帯に広がる「光」からなり、それぞれの「光」の観測が、宇宙を覗く新しい窓となり、思いもしなかった多様な姿を私達に見せてきました。

しかし、宇宙が我々に送ってくるのは「光」だけではなかったのです。私達は「ニュートリノ」という不思議な素粒子が、しかも可視光に比べて1000兆倍も高いエネルギーを持つものが、宇宙から飛んできていることを発見しました。ニュートリノはあらゆる物質をほぼ通りぬけ、はるか彼方の宇宙の果てからでも、そのまま飛んでくることができるという性質を持っています。私達の身近な存在である「電子」の親戚のようなミクロな粒子ですが、電子と違い電荷をもたず、ほぼ光の速さで飛行します。この桁違いのエネルギーを持つ不思議なニュートリノが、宇宙のどこかで作られている。これは何を意味するでしょうか?

宇宙には私達の物質を形作る陽子(当研究センターの名前の由来ともなったハドロンと呼ばれる種族です)といったミクロな粒子を極限のエネルギーにまで吹き上げて放射していることが知られています。これらは宇宙線とよばれるこの放射を観測して分かったことでした。しかしその起源は皆目分かっていませんでした。宇宙にはどこかに、陽子や原子核を超高エネルギーに加速できるエンジンがあるはずなのです。エンジン天体がどこかにあり、なんからのメカニズムが働いているはずなのです。でも謎のエンジン天体から私達の地球へ飛んでくるまでに、宇宙空間を満たしている磁場や放射などに邪魔をされ、エンジンの情報は隠されたままでした。そこに登場したのがニュートリノだったのです。

あらゆる物質を通り抜けるニュートリノは、宇宙エンジンで作られたのちに、そのまま地球までやってきます。エンジンの情報を直接語りかけてくれるのです。私達はこの可能性に賭け、南極点にIceCube と呼ばれる大規模な観測装置を建設し、ニュートリノの観測を始めました。そしてこうしたニュートリノが本当に宇宙で作られ、その量はほぼ予想通りであったことまで確かめることができたのです。さらには、40億光年彼方にある特殊な銀河が、ニュートリノ放射天体、すなわちエンジン天体の一つであることまで突き止めました。「高エネルギーニュートリノ天文学」という新しい研究分野が誕生した瞬間です。

千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターは、高エネルギーニュートリノ天文学の日本・アジア・オセアニア地域で随一の研究機関です。世界12ヶ国からなるIceCube プロジェクトグループにおいて、2012年の世界最初の超高エネルギー宇宙ニュートリノ発見、そして2017年の最初のニュートリノ放射天体の発見に導いたのも当研究センターです。目覚ましい進展をみせるニュートリノ天文学の大きな一翼を担っているのです。私達は、さらに多くのニュートリノ天体を発見し、宇宙エンジンの正体を解き明かすため、もっと大規模な観測実験を始める準備をしています。

また、エンジン天体の機構を理解するには、観測だけではなくスーパーコンピューターによる数値実験も必要です。宇宙自体を実験室に入れてコントロールすることができないからです。当センターでは、日本が誇るスーパーコンピューター「富岳」を使って、エンジン天体周辺のプラズマダイナミクスとそれに付随する陽子・電子放射のシミュレーション研究を行うトップクラスの研究陣を擁しています。ニュートリノ観測研究と、コンピューターテクノロジーを使った数値計算実験の両面から、宇宙の極限エネルギー源の謎を解き明かす。それが当センターのミッションです。

宇宙の最先端研究の現場、ハドロン宇宙国際研究センターにようこそ。

ハドロン宇宙国際研究センター長 吉田 滋