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素粒子の基礎理論「Glashow共鳴」の実証に初成功~ ニュートリノと反ニュートリノの識別を可能にし、宇宙ニュートリノ発生機構の解明に大きく貢献する成果をネイチャー誌で発表~


2021.03.11  

千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター
IceCube Collaboration

本研究成果のポイント
  • 宇宙ニュートリノにより、1960年に予測された素粒子の標準理論「Glashow共鳴」の実証に初めて成功した
  • 高エネルギー宇宙ニュートリノの中に反粒子が含まれることを発見し、ニュートリノと反ニュートリノを識別することを世界で初めて可能とした
  • ニュートリノと反ニュートリノの識別手法は、宇宙ニュートリノ発生機構の解明において知見を広げ、その測定精度をさらに高めた観測により今後のニュートリノ天文学に新たな展開が期待される


概 要

 南極点で行われているIceCube実験※1は、宇宙から飛来する高エネルギーニュートリノ※2の観測から、1960年ノーベル賞受賞物理学者、Sheldon Glashow氏によって予測されたGlashow共鳴という現象を初検出しました。この検出は、広い宇宙の中に自然に存在する加速器から生成された素粒子により、これまでとは異なる手段で素粒子物理学の標準理論を検証することが可能であることを実証しました。

 さらに今まで難しいとされていた高エネルギー宇宙ニュートリノの粒子と反粒子※3の区別を初めて可能としました。この識別を可能にすることにより、宇宙ニュートリノ発生機構の解明に新たな知見をもたらし、今後のニュートリノ天文学に大きな展開に重要な役割を果たすことが期待されています。本研究の主要な部分は、2015年から2020年まで千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターに所属していたLu Lu氏により行われ、その研究成果は3月11日、総合学術雑誌「ネイチャー」に掲載されました。

 Nature誌掲載の論文
 IceCube プロジェクトオフィス のプレスリリース (英語)
 千葉大学のプレスリリース
 千葉大学グローバルプロミネント研究基幹のプレスリリース


IceCube
南極点にそびえたつIceCube観測施設。©IceCube Collaboration


Glashow共鳴
図1:IceCubeが検出したGlashow共鳴を表した図。電子と電子ニュートリノが相互作用しW-ボゾンを生成する。©IceCube Collaboration
研究内容と成果

 2016年12月6日、宇宙から光速で地球に飛来した反電子ニュートリノと呼ばれる粒子が、南極の氷に埋められた巨大なIceCube(アイスキューブ)ニュートリノ望遠鏡により検出されました。この反電子ニュートリノは地球の内部に到達した際、地球を作る電子と激突し、そこでたくさんの二次粒子(粒子のシャワー)を生成しました。その後の詳細なデータ解析により、この現象がGlashow共鳴という反応であったことがわかりました。

Hydrangea
図2:IceCube実験によって検出されたGlashow共鳴のイベント。それぞれの球は反応を検出した検出器で、そのサイズはエネルギーの高さを示している。赤色の球は時間的に早い段階で検出、青緑は遅い段階での検出を示す。このイベントは、千葉大学グループ所属の石原安野教授が名付けた「Hydrangea(あじさい)」という愛称で呼ばれている。
©IceCube Collaboration


 1960年のデンマークのコペンハーゲンにある研究所で博士研究員として所属していた頃にGlashowは、「もし適度なエネルギーを持つ反ニュートリノが電子と衝突をしたら、反ニュートリノと電子が相互作用(Glashow共鳴)によって、当時まだ発見されていない粒子を生成する」ということを予測した論文を書きました。

 Glashow共鳴により生成されると予測された粒子であるWボソンは、1983年にようやく発見されましたが、1960年にGlashowが彼の同僚と予想したよりもはるかに重い質量を持つことが判明しました。そこからGlashow共鳴を起こすには、6.3PeV※4もの高いエネルギーを持つニュートリノを必要とすることがわかったのです。これは、現在地球上に存在する粒子加速器で人工的に作り出すには不可能なエネルギーの高さです。

 しかし、広い宇宙の中に存在する自然の加速器、例えば、銀河の中心にある超大質量ブラックホールから放出される巨大なエネルギーや遠方宇宙で起こる大質量星の終焉爆発といった極端な現象により、地球上の人工加速器では作り出すことが不可能な超高エネルギーを持つ粒子が生成される可能性があります。

 今回、IceCube実験により宇宙ニュートリノが起因したGlashow共鳴が検出され、その可能性が実証されました。2016年に起きた6.3 PeVのエネルギーでの電子と反ニュートリノの間の衝突が確認されたのです。この6.3 PeVという高いエネルギーはGlashow共鳴の明確な指標です。IceCube実験のニュートリノエネルギー測定精度の高さが今回の観測を可能としました。

 また、Glashow共鳴は反電子ニュートリノによってのみ引き起こされる反応であるため、今回の検出は高エネルギー宇宙ニュートリノの中に反粒子が含まれることを世界で初めて実証する結果ともなりました。ニュートリノと反ニュートリノの僅かな違いを検出するためには特別な精密実験が必要で、宇宙からの稀な信号に含まれるかもしれない反ニュートリノを識別することはこれまで不可能と考えられていました。しかし今回のGlashow共鳴の実証により、PeV 領域における反電子宇宙ニュートリノの量の測定が可能となり、そのニュートリノと反ニュートリノの比率を明らかにすることで、宇宙ニュートリノの起源の秘密に迫る第一歩となることが期待できます。

ハドロンシャワー
図3:IceCube実験によって検出されたGlashow共鳴のイベントのデータ。左上は、氷中を伝搬する光の速度よりも速い速度で通過したミューオンの模式図。ミューオンは、ハドロンシャワーの電磁成分によって生成されたチェレンコフ光(青い部分)よりも先に、最も近い検出器(67番目のケーブルに連なるDOM検出器54番と55番)に到達している。下のパネルはその54番と55番の検出器の時間経過にともなう堆積電荷の分布。赤い点線は、チェレンコフ光を検出したタイミングで、その左側の赤い部分では、ミューオンがチェレンコフ光よりも先に検出されているのがわかる。Wボゾン崩壊分岐比にして68%がハドロンシャワーを生成するチャンネルであるため、この早い光信号はまさにグラショウ共鳴事象で期待すべきものである。
©IceCube Collaboration


本研究の意義、今後への期待

 この検出は、必要とされる高いエネルギーを持つニュートリノの人工的な生成が不可能であった故に、これまで成しえなかった素粒子の標準理論を実証した画期的な成果です。また、その他にもニュートリノ天文学の新たな展開においても大きな意味があります。今回のGlashow共鳴観測により、高いエネルギーを持った反ニュートリノが実際に宇宙で生成されていることを実証し、ニュートリノから反ニュートリノを区別し観測することを可能としました。巨大ブラックホールや大質量性爆発といった環境下で、どこでどのように高エネルギー粒子が生成されているかは、未だに謎も多くよくわかっていません。宇宙加速器の物理的なサイズや磁場強度など、これまで直接測定できなかった天体の特性を、ニュートリノと反ニュートリノの比率※5から調べることが可能になると期待されます。

 より決定的なニュートリノと反ニュートリノの比率の測定のため、IceCube実験はさらに多くのGlashow共鳴事象を観測したいと考えています。それを実現するのがIceCube検出器拡張計画であるIceCube-Gen2実験です。

 本研究を主導したLu氏(2015年から2020年12月まで千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターの特任研究員、現在はウィスコンシン大学マディソン校助教)も次のように述べています。 「宇宙ニュートリノのエネルギースペクトル が6PeVで終わらないことはすでにわかっています。重要なのは、より多くのGlashow共鳴事象を検出し、これらの反ニュートリノがどのように生成されたのかそのメカニズムを特定することです。 IceCube-Gen2は、統計的により有意な測定を行うための鍵となるでしょう。」

 2010年12月のIceCubeの完成以来、IceCubeニュートリノ望遠鏡は、2013年に発見した世界初の宇宙ニュートリノや、2018年の高エネルギー宇宙ニュートリノ発生源の史上初の特定など、粒子天体物理学における多くの画期的な研究成果を発表しています。千葉大学IceCube研究グループは、これらの主要な成果を主導してきました。12か国53の研究機関による国際共同実験であるIceCube実験では、現在、IceCube-Gen2への第一歩であるIceCube検出器のアップグレードを進めています。2023年頃に完成が見込まれるアップグレード計画において、千葉大IceCubeグループは主要な光検出器の一つである新型光検出器「D-Egg」のデザイン・製造を任され、現在その300検出器の大規模製造及び詳細な性能評価を行っています。

Lu Lu
        (左)本研究を主導したLu Lu氏(Courtesy of Lu Lu 2019年南極にて撮影) 
        (右)千葉大学グループのメンバーらと開発中のD-Eggを囲んで©ICEHAP 
              

これからのIceCube
図4:IceCube-Gen2計画の完成予定図。アップグレード計画(左端の円)を経て、現在のIceCubeニュートリノ望遠鏡のおよそ8倍の面積に拡大される。©IceCube Collaboration
右は、千葉大学IceCubeグループがデザイン・製造を担当した新型光検出器「D-Egg」。アップグレード計画のため、およそ300個の検出器を製造している。©Nobuhiro Shimizu, ICEHAP


本研究成果解説動画

何十億光年の彼方から:氷と衝突した超高エネルギーニュートリノを検出
From Billions of Light Years Away: Detecting Ultrahigh-energy Neutrino Collisions with Ice


https://www.youtube.com/embed/vAgDQEsCK4k



論文情報

     掲載誌: Nature

     論文タイトル: Detection of a particle shower at the Glashow resonance with IceCube

     著者: IceCube Collaboration

     DOI:  10.1038/s41586-021-03256-1

用語解説

    ※1 IceCube実験 2011年より南極点で行われているニュートリノ観測実験。南極点直下の氷中1500 mから2500 mの深さに5160 個の直径約33 cmの球状をした光検出器を埋め込んで宇宙から飛来する高エネルギーニュートリノを検出する国際共同プロジェクトです。
    (詳しくは本HPの「IceCube実験」をご覧ください。)

    ※2 ニュートリノ これ以上小さく分けることができないと考えられている素粒子の一つです。電子 の100万分の1以下の重さしかもたないとても軽い粒子で、電気を帯びていません。 そのため他の物質とほとんど反応せず、観測が非常に難しい粒子です。電子型、ミ ュー型、タウ型と呼ばれる3種類が存在するとわかっています。 (詳しくは本HPの「ニュートリノとは」をご覧ください。)

    ※ 3 反粒子 素粒子には、質量や寿命は同じで、電気的に反対の性質を持つ反粒子とよばれるパートナーが存在します。例えば、電子の反粒子は陽電子、ニュートリノの反粒子は反ニュートリノと呼ばれます。

    ※ 4 6.3PeV 現在最大規模の加速器大型ハドロン衝突型加速器では、陽子を最大13TeVまで加速することが出来ます。6.3PeVはその世界最大の加速器で加速可能なエネルギーの約500倍に相当します。

    ※5 ニュートリノと反ニュートリノの比率  宇宙の加速器と目される巨大ブラックホールなどの天体において、粒子の加速場所に満ちている光やガスの量や、磁場はどのくらい強いのかという情報をこの比率で語ることができます。これは宇宙がどのように陽子などのミクロな粒子に巨大なエネルギーを加えているのか、その過程を探る重要な知見です。加速場所の多くはガスや 塵などに遮られ、可視光や赤外線などの光では直接探査することができないため、ニュートリノ観測は人類にとって唯一可能な探査手段なのです。