2023.05.08 プレスリリース | 広報活動

IceCubeニュートリノ観測実験・アップグレード計画の主要検出器
が完成 ~千葉大学が開発したD-Egg光検出器、2024年に南極点へ



2023.05.08  

千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター
IceCube Collaboration

D-Eggs
IceCubeアップグレード計画で、南極点の氷河下に埋設されたD-Egg検出器のイメージ
©IceCube Collaboration

[ 概 要 ]

 千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターの吉田滋教授と石原安野教授を代表とする千葉大学グループは、南極点で宇宙から飛来する高エネルギーニュートリノ※1を観測する国際共同研究プロジェクト「IceCube (アイスキューブ)」※2に2002年から参加しています。この度、千葉大学グループは国内の企業らと協力し、日本の優れた技術と部品を積極的に取り入れ開発した新光検出器モジュール「D-Egg」(ディーエッグ: Dual optical sensors in an Ellipsoid Glass for Gen2)320台を製造し、その性能検証結果を論文 ”D-Egg: a Dual PMT Optical Module for IceCube”にて発表しました。同論文は、学術誌 Journal of Instrumentation (JINST) から2023年4月11日に出版されました。D-Eggの光検出感度は、現行のIceCube光検出器と比べおよそ3倍向上し、より低コストで宇宙ニュートリノ観測網を築くことが可能となりました。このD-Eggは、南極点に展開する世界最大の宇宙ニュートリノ観測実験をアップグレードする基幹検出器として、南極点に移送される予定です。 2024年、日本が生んだ先端技術が、南極点という極限環境で科学観測のため活躍します。

ICEHAP
千葉大学グループのメンバー、D-Egg光検出器モジュール(左)と現行の光検出器DOM(右)と共に ©ICEHAP

 論文「D-Egg: a Dual PMT Optical Module for IceCube」
 IceCube プロジェクトオフィス のニュースリリース (英語)
 千葉大学のプレスリリース

 本成果は文部科学省 新学術研究(研究領域提案型)、特別推進研究、基盤研究(A)の科学研究費補助金の助成を受けたものです。

  •   新学術研究計画研究A03 : 宇宙ニュートリノ観測の高精度化で探る標準理論を超える粒子信号
  •   特別推進 IceCube-Gen 2 実験で拓く高エネルギーニュートリノ天文学の新展開
  •   基盤(A): 新型光検出器で築く次世代南極ニュートリノ望遠鏡による深宇宙高エネルギー現象の解明


  • [ 発表のポイント ]

    • 南極点で継続中の素粒子ニュートリノによる宇宙観測をより高感度なものにするには、氷河の強烈な圧力に耐える強靭さを添えながら、小型でかつ高感度の光検出器モジュールが必須でした。
    • 千葉大学IceCubeグループは、日本の技術を結集することで、新型光検出器「D-Egg」の開発を完遂、この困難なミッションを実現しました。
    • 完成したD-Egg検出器モジュールの検証測定の結果、現行のIceCube実験用検出器モジュールに比して、20%小型でありながら、2.8 倍の検出効率を持つことが実証されました。
    • 2024 年の南極点への輸送に向け、千葉大学研究室内で完成された全てのD-Eggの最終動作試験を現在実施中。2025 年に開始するIceCube実験のアップグレード※3に提供される主要検出器として、日本の技術が極地における科学観測に大きく貢献します。
    D-Egg
    千葉大学で生まれた新型高性能光検出器「D-Egg」
    ©ICEHAP


    [ アイスキューブ実験と計画 ]

    IceCubeニュートリノ観測実験 2005年~

     現在南極で稼働しているIceCubeニュートリノ観測実験は、2005年より部分的に稼働を始め、全観測装置の建設を終えた2011年にフル観測を開始。宇宙から地球に届いたニュートリノは、南極点の氷中の原子核や電子とまれに衝突し、チェレンコフ光という青い光が放射されます。南極点直下の氷中1500mから2500mの深さに埋設された球状の光検出器モジュール「DOM」5160台から構成される観測網(アレイ)が、その光を検出することによりニュートリノを捉えます。

    IceCubeアップグレード建設 2025年~

     IceCube実験の次世代建設プロジェクト「IceCube-Gen2(ジェンツー)」のフェーズ1。既存の光検出器モジュール(DOM)のアレイのあいだに、D-Egg320台を含む約700台の高性能光検出器モジュールと較正装置を高密度に配置した7本のケーブルを埋設。より密に検出器を埋設することで、幅広いエネルギーのニュートリノ検出が実現でき、到来方向の角度分解能も向上します。

    次世代建設プロジェクト「IceCube-Gen2(ジェンツー)」建設 2027年~

     現行のIceCubeの約8倍の体積の氷河の中に約1万台の光検出器モジュールを埋設することで、宇宙ニュートリノ点源検出感度を5倍以上に向上させ、より多くのニュートリノ起源天体の同定を目指します。

    IceCube
    南極点で行われているアイスキューブニュートリノ観測実験 ©S. Lindstrom, IceCube/NSF
    Upgrade&Gen2
    IceCubeアップグレードと、IceCube-Gen2の図。アップグレード(左)では、IceCubeの中心に埋設されているDOM光検出器の間を埋めるように新型光検出器700台が新たに埋設される。
    IceCube-Gen2(右)では、IceCube(赤色の部分)を包み込むように新たな光検出器約1万台が埋設され、8倍の大きさに拡張される。 ©IceCube Collaboration

    [ 発 表 内 容 ]


    千葉大学グループと日本企業の協力でで生まれた新型光検出器「D-Egg」とその性能

     南極点で稼働中である世界最大の宇宙ニュートリノ観測実験IceCube(アイスキューブ)は、可視光に比して1000兆倍も高いエネルギーをもつニュートリノ放射の発見やその放射天体を同定するなど、新しい宇宙観測のフロンティアを広げてきました。この観測をさらに高感度化し、より大規模な観測を実現するために、氷河深くに埋め込めるほどの耐圧性能を持ちながらも、より微弱な紫外光も検出する高性能光センサーモジュールが求められてきました。氷河に埋設する高額なコストを低減するには、このモジュールはより小型である必要もありました。これは決して易しい課題ではありません。

     2002年のIceCube実験国際共同チームの発足当初からのメンバーである千葉大学グループは、この難問に日本がもつ技術の粋を結集し挑みました。ニュートリノ検出に使われたセンサーの製作で実績のある企業はもとより、ニュートリノ検出器に部品を提供することが全く初めての企業からの部品も多く取り入れました。

    光検出器の要となる光センサー部分を担う光電子増倍管(PMT)は、ニュートリノ観測でもよく知られている浜松ホトニクス製を採用。DOM光検出器では下向きに1つ内蔵している光電子増倍管を、D-Eggには2つ、上下に設置しています。これにより、チェレンコフ光の検出可能範囲が広がり検出効率を上げるとともに、感度の角度依存性を減少させ、光子の飛来方向の測定誤差を低減させることが可能になりました。

    有効面積の比関数
    D-Egg と IceCube DOM の有効面積の比較を、入射光子の天頂角の余弦の関数として表したもの。320 nm (左), 400 nm (中央), およびチェレンコフ平均感度比 (右) における入射光子の天頂角の余弦の関数としての D-Egg とアイスキューブ DOM の有効面積の比較。下向きは 𝜃 = 0 (cos 𝜃 = 1) と定義される。  ©IceCube Collaboration
    有効面積の比
    DOM検出器とD-Egg新型検出器の有効面積の比較。 ©IceCube Collaboration


     その光電子増倍管を格納する耐圧硝子容器は千葉県の岡本硝子株式会社に製造を依頼。埋設される際、光検出器には70MPa(深海7000m水圧相当)もの圧力がかかります。この高圧に耐えうる深海実験向けに開発された耐圧ガラスを基に、紫外線領域の透過度を改善し、放射線雑音の元となる不純物の少ない材料を用いた新型の容器を開発しました。さらに光電子増倍管を耐圧硝子球に接着し、ニュートリノからの貴重な紫外光をもれなくセンサー感度面に送り届けるシリコンは、信越シリコーン社が特別開発しました。これらのデバイス性能を最大限に活かすモジュール設計は、深海設置の地震計製作などに実績がある日本海洋事業株式会社(NME)の協力で施され、製造作業も同社が所有する福浦整備場にて行いました。D-Eggの組み立てに必要な製造ラインは、不純物の混入を防ぐために用意されたクリーンブース内に整えられ、千葉大学グループ所属の研究者や大学院生がNMEの技術者と共に組み立てに従事しました。

    福浦整備場
    D-Egg検出器の内部。光電子増倍管(PMT)2機のほかに複数の基板とカメラやLEDライト、そしてデータを通信するケーブルなどが内蔵されている。外側には耐圧ガラスとシリコンゲルが設置される。 ©IceCube Collaboration
    福浦整備場
    日本海洋事業株式会社(NME)の福浦整備場(神奈川県横浜市)内にある
    クリーンブースで、D-Eggの組立作業を行う石原安野教授 ©ICEHAP

     2019年に開始されたD-Eggの製造は、その年の9月に関東を直撃した房総半島台風によるクリーンブースの浸水被害や、新型コロナウィルス感染拡大など様々な困難に見舞われました。そのような中、研究室や製造現場では安全に配慮しながらも研究の手を止めることなく着実に開発と製作を続け、2021年の10月には、当初の予定から遅れることなく、320台全ての光検出器が完成しました。その優れた性能と開発の速さが評価され、2025年末に建設が開始されるIceCubeアップグレード計画の主要光検出器として埋設が決まりました。


    「Final Acceptance Test (FAT)」~千葉大学研究室での最終動作試験

     福浦整備場で完成した320台のD-Egg光検出器モジュールは千葉大学の研究室へ輸送され、南極点での稼働に問題がないかを判別するために、「Final Acceptance Test (FAT)」という最終動作試験が課されます。これは、ハドロン宇宙国際研究センターが所有する特製の大型フリーザーを用い、各モジュールを室温とマイナス40度の環境に交互に置くことで温度的なストレスをかけて行う約20日間の試験で、南極点の氷河下という極地の過酷な環境においても安定した稼働を保証するために行います。同時に、低エネルギーと高エネルギーのニュートリノ検出に十分な性能が確保されているかも試験します。一度南極の氷河内で凍結されると、何が起きても検出器を取り出すことができないため、出荷前の広範な検証試験は不可欠です。

    FATDEGG
    千葉大学の研究室で検証試験の順番を待つD-Eggたち ©ICEHAP

     大型フリーザー内には、16台のD-Eggを収納することができる遮光暗箱を設置。フリーザーの外にある光源からの光は32本の光ファイバーにより伝搬され、各暗箱内に置かれたD-Eggの上下の光電子増倍管に照射、そこから光検出性能を測定します。この検証試験は、320台全てのD-Eggに対して行われ、南極点へ向け輸送が始まる2024年夏まで続きます。本論文の結果はFATの初期データを解析することで得られました。

    フリーザー外観
    研究室が所有する実験用大型フリーザー。マイナス40度の温度の中、最終動作試験が行われる。フリーザーから出ている無数のケーブルは、作業台に置かれた箱の中の光源につながっている。 ©ICEHAP
    フリーザー内部
    研究室所有の大型フリーザーの内部。D-Eggが収納された16台の暗箱とそれらにつなげられた
    光ファイバーは、フリーザー外のレーザー発射装置につなげられている。 ©ICEHAP

    [ 今後の展望 ]

    アップグレード、そしてIceCube拡張計画”IceCube-Gen2”の建設へ

     2026年のアップグレード建設完成後の次世代ニュートリノ望遠鏡計画IceCube-Genは、2027年から約8年計画での建設を目指しています。IceCube-Gen2では、現在のIceCubeの約8倍の体積の氷河の中に約1万台の光検出器を埋設することで、宇宙ニュートリノ点源検出感度を5倍以上に向上。より多くのニュートリノ起源天体を同定することを目指します。既存のDOM光検出器を改良し、検証結果によりその機能の大幅な向上が認められた新型光検出器D-Eggは、今回のアップグレード計画で大きく実験に貢献するとともに、将来のアイスキューブ実験の拡張においても重要な役割を担います。千葉大学IceCubeグループは、引き続き日本の先端技術を駆使した光検出器や新たな解析手法の開発に取り組み、ニュートリノ起源解明を目指して研究に取り組んでいきます。

    [ 論 文 情 報 ]

    [ 参 照 リンク ]

       IceCube-Upgrade計画についての論文

    [ 用 語 解 説 ]