ICEHAP NEWS vol.9
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 IceCube 実験で観測可能なニュートリノのエネルギー域は1010 GeV 以上にも達します。この様な極めて高いエネルギーの宇宙ニュートリノは、宇宙からの極限エネルギー放射である最高エネルギー宇宙線から生成されます。最もよく知られた機構は、宇宙線陽子が放射天体から飛行してくる間に宇宙背景輻射と衝突してニュートリノを生成するもので、このニュートリノはGZK(cosmogenic)ニュートリノと呼ばれます。このニュートリノは、遠方でより活発な種類の天体が宇宙線放射天体であった場合は量が増えます。距離 R にある天体からのニュートリノの数は1/R2 で減りますが、天体の数自体は R3 で増えるので、ニュートリノの様に貫通力が高く、遠くの宇宙からでもエネルギーを失わずに到達する粒子では、遠い距離にある天体由来の寄与が効くからです。 IceCube実験では、107 GeV 以上のエネルギー領域で宇宙ニュートリノが見つかっていないことから、最高エネルギー宇宙線の主成分が陽子である限り、遠方宇宙で活発であるような天体は起源天体ではないことを2016年に明らかにしました[1]*1。最高エネルギー宇宙線起源天体は極めて輝度の高いパワフルな天体であるべきというのが定説であり[2]、その多くはより遠方で活発であるため、この結果は驚くべきものでした。 一方で、この結果はGZK ニュートリノをはじめとする様々な理論モデルを個別にテストして導きだしたものです。IceCube実験の結論はそれらの理論の不定的な仮定に依存するとの反論も可能です。また将来に提案される新しい理論モデルには何も言うことができません。 そこでなるべく理論の詳細に依らずに実験データだけを使って超高エネルギー宇宙ニュートリノの量について、より一般的な制限をかけることは重要です。これがあれば、理論家はこの一般的な制限に抵触しないようにモデルを構築することができるからです。今回我々はこの一般的な制限を9年分の観測データから導き出しました[3]。 「微分制限」(Differential limit)というこの手法は、図1:10PeV以上の超高エネルギー領域における宇宙ニュートリノ流量の微分上限値(黒の実線)。他実験(Auger,ANITA)による上限値も示しています。高エネルギー宇宙線由来のニュートリノ流量理論予想も青、緑、水色の曲線で示しました。あるエネルギー E を中心として10-0.5Eから100.5Eの中に一様に分布する仮想的なニュートリノスペクトルに対する流量上限値をデータから導出します。エネルギーEを変えて同様の計算を繰り返せば、ニュートリノ流量の上限値がエネルギーE の関数として示せます。これが「一般的な」制限なのは、理論が予測するニュートリノスペクトルはこの仮想的一様流量を、 E を変えながら「積分」することで近似的に表現できるからです。 図1に結果を示します。黒い太線が、ニュートリノ流量微分上限値であり、この曲線より上または近接するような理論モデルは、ニュートリノ観測結果からは否定されます。この図で示された3つの理論予想も否定的とされています。流量上限値は 109 GeV で2x10-8 GeV/cm2 sec sr であり、これは最高エネルギー宇宙線の流量とほぼ同じです。最高エネルギー宇宙線の主成分が陽子であるかぎり、理論モデルの詳細によらず親宇宙線とほぼ同量のニュートリノが生成されます。今回の結果は、自然な、したがって有力な最高エネルギー宇宙線放射天体候補は主要起源ではないという2016年の結論をより普遍的に裏付け、最高エネルギー宇宙線は陽子が主成分ではないことを示唆します。理学研究院・教授ニュートリノ天文学部門吉田 滋超高エネルギー宇宙ニュートリノの「微分上限」最高エネルギー宇宙線起源は何か?[2] “Anisotropy vs chemical composition at ultra-high energies”, M.Lemoine and E.Wax man,JCAP, 11, 09 (2009).[1] “Constraints on Ultrahigh-Energy Cosmic-Ray Sources from a Search for Neutrinos above 10 PeV with IceCube”, IceCube Collaboration, Phys. Rev. Lett. 117, 241101 (2016).[3] “Di erential limit on the extremely-high-energy cosmic neutrino ux in the presence of astrophysical background from nine years of IceCube data”, IceCube Collaboration,Phys. Rev. D 98, 062003 (2018).*1 ICEHAP ニュース No.5 石原安野氏の記事もごらんください。http://www.icehap.chiba-u.jp/activity/ICEHAP_NEWS/bookdata_5/index.html 皮肉なことに、IceCube 実験が発見したPeV(106 GeV)のエネルギーを持つ宇宙ニュートリノは微分制限を算出する際に雑音事象となり、本来の観測感度を十分に活かす制限をつけられませんでした。この問題を解決する手法を編み出したことで、我々自身の過去の結果(図中破線)を改善することもできたのです。最高エネルギー宇宙線とニュートリノ宇宙線起源理論に普遍的な制限をかけるReport now 1

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