ICEHAP NEWS vol.8
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 素粒子物理に対する人類の理解は、検出技術の近代化に伴って大きく進展しました。地球圏外に起源をもつ荷電粒子である宇宙線は、ミューオンやパイ中間子などの発見につながり、素粒子標準模型は加速器実験によってテストされ実証され続けています。ところで、標準模型で予測されつつもまだ発見されていない現象に、反電子ニュートリノと電子が衝突することで、Wボゾンを共鳴生成する反応があります。この反応がおこるニュートリノのエネルギーしきい値は、電子の静止系で6.3 PeV (1PeVは1015 eV)であり、人工加速器で到達するには高すぎるのです。図1に、ニュートリノまたは反ニュートリノの高エネルギー領域における反応断面積を示しました。6.3 PeV のピークが、グラショウ共鳴と呼ばれるこのWボゾン共鳴反応に相当します(提唱者のシェルドン グラショウ*1は85才でまだ現役です!)。 IceCube実験はGeV(109 eV)から EeV(1018 eV)のエネルギーをもつニュートリノを検出するようにデザインされています。宇宙ニュートリノ事象は、検出容積内に反応点を持つシャワーイベントと、地球を貫通して検出容積内を走るミューオントラックイベントによって測定されています。これまでの最高エネルギーニュートリノ事象は約2PeV のシャワーイベントと、約2.6PeVのエネルギーを落としたミューオントラック事象です。宇*1 シェルドン グラショウ(Sheldon Lee Glashow)は、アメリカ合衆国の物理学者。専門は数学と物理学。ボストン大学教授。*2 ICEHAP News 第5号に石原安野氏による記事が掲載。論文はPhysical Review Letters, 117, 241101,(2016)図1: 荷電相互作用(CC)、中性相互作用(NC)、グラショウ共鳴の反応断面積。6.3 PeV では共鳴反応断面積は 約300 倍も大きい。宙ニュートリノの流量はエネルギーのべき乗で記述でき、高いエネルギーになるほど事象数が減少します。マルチPeV 領域での統計をあげるために、今回新しい解析フローを開発しました。我々のグループで開発したこの新チャンネルでは、反応点が検出器埋設容量の外側にあるシャワー事象を同定しつつ大気ミューオンの雑音事象を除去することで、グラショウ共鳴の起こるエネルギー領域における検出効率を従来の2倍に引き上げることに成功しました。 この解析を2012年から2016年にかけての約4.6年分の観測データに適用したところ、まさに 約6 PeV のエネルギーをもつシャワー事象が同定されました。図2にこのイベントを示します。ニュートリノ衝突点からチェレンコフ光が氷河内を500mにもわたって伝播している巨大なシャワー事象で、検出された総チェレンコフ光子数はこれまでのどのイベントよりも多いものです。このイベントは、独立に解析が行われた超高エネルギー宇宙ニュートリノ探索(これも千葉グループで開発された、最高エネルギー宇宙線由来のGZKニュートリノ同定に最適化した解析*2)でも同定されました。Hydrangea(アジサイ)と名付けられたこのイベントは、GZK ニュートリノとするにはエネルギーが低すぎますが、天体起源宇宙ニュートリノとして過去最高クラスのエネルギーを持つと考えてよいものです。図2: Hydrangea(アジサイ)イベント(左)と本物のアジサイ(右)。似ていませんか?グラショウ共鳴PeV ニュートリノをハントする特任研究員ニュートリノ天文学部門Lu Lu深宇宙からのハドロン相互作用Report now 2訳:吉田 滋(ICEHAPセンター長)

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