ICEHAP NEWS vol.8
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 この観測結果をうけて、我々は過去のIceCube観測データを洗い直し、この天体 TXS 0506+056 の方向のニュートリノ点源解析をおこいました。その結果、2014年12月16日を中心とした約160日間の長さにわたる期間に、この方向からのニュートリノ事象が等方的分布から期待される数より卓越していることが分かりました。放射時期や期間の長さの自由度を勘案した統計的有意性は 3.5σ です。図2 にニュートリノ事象卓説有意性(p-value)の空間分布を示します。超過が見られる方向は + で示した TXS 0506+065 の方向と一致しています。この天体はニュートリノ放射天体であることを支持する、統計的に独立した検証となったのです。 電波からγ線に至る追観測で得られたTXS 0506 +056のスペクトルを図3に示しました。ジェット内で加速される電子で駆動する典型的なブレーザー天体のスペクトルと言えますが、主として X 線の流量による制限で、宇宙線陽子の寄与をうまく入れ込むには新しいアイデアが要るようです。理論家の仕事を待つべきでしょう。またジェットが視線方向を向いている AGN であるγ線ブレーザー天体は、他の様々なIceCubeによる観測からの制限により、ニュートリノ天体の多数派ではないということが分かっています。宇宙線起源天体の多くはまた別種のものである可能性が高く、今後の観測能力の強化が待たれます。 ニュートリノとγ線が、この天体 TXS 0506+056 から同時に観測されるということが偶然に起こる確率が重要です。全く偶然であるという仮説に対し 1.EHE アラートの方向がγ線放射天体方向にあり、 2.ニュートリノ輝度とγ線輝度もしくは輝度の変動量が比例しているという仮説のどちらがあり得るのか検定を行いました。偶然仮説を支持する p-value は 2.1 x 10-5(4.1σ)となり、到来方向決定精度に関してより保守的な仮定をおいても、3.6σという結果です。また、IceCube 170922 A 事象だけに限らず、過去に同様の事象が存在しているという自由度を勘案しても(look-elsewhere補正と呼びます)、偶然仮説は 3σ の有意性で支持されないという結果となりました。科学的に確固たる証拠とするにはやや有意性が足りませんが、この結果はブレーザー天体 TXS 0506+056 が PeVatron であるという強い示唆を与えます。*3 Fermi衛星 = フェルミγ(ガンマ)線望遠鏡は、γ線観測用の天文衛星で、LATという大面積望遠鏡とγ線バーストモニター(GBM)を搭載している。アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、スウェーデンの政府機関・研究組織による共同研究として、2008年8月より運用が開始された。図3:マルチメッセンジャー観測によって得られた、ブレーザー天体 TXS 0506+056 からの放射エネルギー分布。電波からγ線まで約17桁に及ぶエネルギー領域で測定された。対応するニュートリノ流量の上限値を黒線で示している。ニュートリノとして放射されたエネルギー輝度とγ線として放射されたエネルギー輝度がほぼ同程度であることがわかる。グレーで示した点は、今回のフレアー以前の過去の測定記録から計算された分布である。 今回の大きな進展は世界の研究者・観測実験によって達成されたことはもちろんですが、その中でも日本の貢献が際立っていたことは述べておくべきでしょう。この事象の同定そのものがIceCube千葉大グループで開発された解析で実現しただけでなく、同期観測の有意性解析は千葉大グループの筆者とLu Luが先導して取り組みました。またそもそもの発端は、9月23日早朝にアラート情報を受け取った筆者が当時広島大学にいた田中康之氏にすぐに連絡し、追観測をお願いしたことにあります。東広島天文台かなた望遠鏡による観測でこの天体の可視光域での増光を確認した氏は自身がメンバーでもある Fermi-LAT の観測データを最初に解析し、γ線フレアが起こっていることを発見しました。Fermi-LAT からの最初の ATel配信の筆頭著者は田中さんです。林田将明氏(千葉大)とともに Fermi-LAT 側での解析に大きな貢献をし、さらには諸隈智貴氏(東大)らによる木曽観測所のスペクトル観測や、すばる望遠鏡による赤方偏移同定の試みに繋がっていきました。  ニュートリノが拓くマルチメッセンジャー観測は、最初の大きな果実を得ました。この手法を強化し、宇宙線起源天体を確実に最速で同定していく努力を続けます。多くの天文観測研究者のご協力なしには、この研究手法は成り立ちません。ここで名前を挙げられなかった方々を含め、多くの皆さんの共同研究に感謝します。同期観測の有意性日本の寄与2014年12月にニュートリノフレアか?放射機構は何か?図2:ニュートリノ事象卓説有意性(p-value)の空間分布

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