ICEHAPnews_vol12-denshi
3/6

*4 日本海洋事業:海洋研究開発機構が利用する船舶の運航や観測機器の管理を専門とする会社。D-Egg光検出器の組立作業は、その福浦整備場内で行われた。 図3:2012年3月に、カナダのバンフでの共同研究者会議にて3つの発表をした(会議のプログラムを抜粋) 。*5 EHE解析:Extremely High Energy(超高エネルギー)を持つ宇宙ニュートリノに特化して行われる解析。Column南極点の氷河中で受ける圧力 アイスキューブの将来計画では、検出器を2700mの深さにまで埋設します。それでは、氷河中2700mの深さにある検出器にはどのくらいの圧力がかかるのでしょうか? 南極点ではお湯を強く噴出することで穴を掘ります。ですので、掘り終わった直後の穴は水で 満たされており、その中に検出器を沈めていくと、深さ 相当の水圧がかかります。深さ2700mでは約270気圧です。それだけではありません。穴の中の水は時間が経つと再び凍り付きます。南極点の平均気温は真夏で、約-40℃。一方、氷河の中は地熱により深くなるほど温度が上がっていき、2700mの深さで約-10℃になります。放っておくと穴の中の水は上からだんだん凍り付き、検出器近くの水が凍る数日間、検出器にかかる圧力は最大で500気圧を超えます。このため南極氷河の光検出器は深海7000m相当の耐圧性能が求められるのです。最初に描いていた耐圧ガラスハウジングのデザインは、図1左のような筒状部分と半球2つという3つの部品に分かれているものでした。しかし、このような細長い筒を高い精度を保ちながら大量生産することは難しく、また、力学的シミュレーションの結果、極点と赤道に大きな応力差があり機械的強度が不十分であることが判明。そこで、ラグビーボールのように赤道方向に膨らませ、球面は内蔵する2つのPMTの光電面の形状に合わせることで光電面に近い部分のガラスは薄くし、紫外線透過率を上げる。一方、赤道領域での応力に対応するため、この領域ではガラスの厚さを増やすという現在のデザイン(図1右)にたどり着きました。アイデアのタネ新しい検出器を考え始めた2013年10月、江戸っ子1号の成果により、深海で活躍する日本企業を知る11月、打ち合わせが始まる2014年の1、2月。とんとん拍子に「こんなのができたらいいな~」から「具体的に作るにはどう進めよう」に進んでいきました。ミュンヘンの次の共同研究者会議はその5か月後、ニュートリノ検出器に必要な耐圧ガラス球の紫外光透過性の向上やノイズ源となる放射性物質の低減など、多くの重要な改善に成功しました。一方、耐圧性能計算など、南極点の氷河の中で壊れず稼働できるデザインであるのかの判断はさらなる専門の知識がないと難しい。そこで、出会ったのが海底地震計などを設計製作している日本海洋事業*4です。2014年3月にカナダのバンフであり、そこで私は3つの発表をしました。1つはコンビナーを務めていた物理ワーキンググループの拡散ニュートリノ流量解析の総括と今後の計画について。2つ目は、開発してきたEHE解析*5の手法を改造し、南極点で宇宙ニュートリノをすぐに識別し速報を送るシステムの最初の感度見積もり。このテーマはその後2人のポスドクに引き継がれ2016年から南極点で稼働、2017年に論文になり、2018年のブレーザーニュートリノ放射天体の同定につながりました。そして、3つ目がまだD-Eggと名前がつく前の新型光検出器デザインについての報告です。本当にできるの? と当時思われていたとしても、まずはポジティブに受け止められ、たくさんの研究者の協力を得ることで5年後の2019年の2月には最終デザイン評価に合格、IceCube Upgrade計画に向けた正式製造が始まりました。開発を通して感じたのは、研究のタネはどこに転がっているかわからないので、気が付いたらいつでも拾って大事に抱えておくことの重要性。D-EggもEHE速報も、全く異なるデータ解析をしている時に、検出器ほしいな、この手法は他にも使えそうだなと思っていたことがタネになっています。そして、そのタネは、点が線になり面になり広がるタイミングで、あれよあれよという間に、大きくなることもあります。今回の研究のタネは、江戸っ子1号の記事で線となり、企業との出会いで面となり、初期デザインが一気に進展しました。頭の片隅のアイデアのタネ、今これはちょっと無理そう、と思っていても、つぶさないようにそうっと抱えていることが実りにつながっているのかもしれません。

元のページ  ../index.html#3

このブックを見る