ICEHAP NEWS vol.11
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 IceCube実験は宇宙から飛来する高エネルギーニュートリノを観測するプロジェクトです。1立方キロメートルの深氷河中に約5000台の光検出器DOMが埋設されており、2011年からすべての検出器を用いた観測が開始されました。また現在計画中の次世代プロジェクトIceCube-Gen2では検出範囲を約8倍へと拡大することで、さらなる高エネルギーニュートリノ事象の捕捉を目指しています。その第一段階として、氷河に対する較正を主な目的としたIceCube-Upgradeの建設が2022年より開始予定となっています。Upgradeプロジェクトで新たに埋設する約700台の検出器の内、約300台を千葉大学が開発を担当しているD-Egg (図1) が占めます。2018年9月にはアメリカ国立科学財団によるPreliminary Design Reviewを他の検出器に先駆けて突破し、2019年6月にはUpgrade用検出器として認定されました。 卵型の耐圧ガラス球内部に浜松ホトニクス製の光電子増倍管PMTが上下2箇所に搭載されていることがD-Eggの特徴です。これにより、下向きPMTのみ搭載されたDOMに比べて倍以上の光検出効率を達成します。PMTの他には, 磁界中でPMTの出力変動を抑制するための磁気シールド、PMTへの印加*1電圧を制御するデバイダ回路基板、PMTから読み出した信号を処理するメイン基板、氷河中の光伝搬特性に対する理解を深めるためのLED制御基板、再氷結した氷河を詳細に調べるカメラ制御基板、及び地上の制御室へデータを送るための通信用ケーブルが各D-Eggに実装されています。 D-Eggの製造現場は千葉大学ではなく、神奈川県横浜市金沢区にある日本海洋事業株式会社(NME)の福浦整備場です。NMEは深海用無人探査機「江戸っ子1号*2」の技術面に助言していた企業であり、まさに江戸っ子1号に関する新聞記事を目にしたことがNMEへ協力を依頼するきっかけとなりました。また同探査機の外殻である耐圧ガラス球を開発した岡本硝子株式会社にもご協力いただいたことで、70MPa(水深7000m相当)の耐圧性能が要求されるD-Eggのガラス球を開発にこぎつけられたのです。 福浦の整備場では、まずD-Egg製造の第一段階として、信越シリコーン製の光学ゲル*3を用いてPMTをガラス半球内へ固定する「ポッティング」を行います (図2)。不純物の混入を防ぐためにクリーンブース内でゲルの注入を行い、硬化待ちをする数日に渡って保管します。またゲルに水分が混入しないように、ブース内では除湿機を常に稼働させて湿度を30%前後にキープしています。ガラス球を持つ際に滑ってしまうため、ハンドクリームなどをつけるのは御法度であり、私をはじめとした乾燥肌持ちの人には過酷な作業環境です。 ただし低湿度環境は検出器製造において諸刃の剣でもあり、検出器に実装する回路基板の大敵である静電気が滞留しがちというデメリットがあります。その対策として作業机には静電防止シートを全面に敷き、基板を扱う際には帯電を防止するリストバンドの装着が必須です。そして基板実装後には上下のガラス半球同士を合わせ(図3)、真空引きにより封止します。その際には窒素パージ(窒素置換)も行うことで残存酸素量を減らし、何十年にも渡る理学研究院・特任研究員 ニュートリノ天文学部門金 賢一IceCube実験アップグレード計画に用いる卵型光検出器D-Egg*2 江戸っ子1号:2013年に東京都や千葉県の中小企業6社と支援団体により開発された日本の深海用小型フリーフォール型無人探査機。日本海溝、水深7800mの海底生物を3Dフルハイビジョンでビデオ撮影に成功した。*3 光学ゲル:D-EggのガラスとPMTの間に流し込まれ固定する素材。光の屈折や反射を防ぎ、チェレンコフ光をPMTに取り込みやすくする効果も。*1 印加:電気回路に電源や別の回路から電圧や信号を与えること。IceCube-UpgradeとD-Egg製造現場のあれこれReport now 1図1:千葉大学が開発した卵型光検出器D-Egg。写真は海洋研究開発機構の高圧実験水槽装置を用いた耐圧試験時のもの。図2:NME福浦整備場内のクリーンブース。 写真左側に光学ゲル硬化待ちのD-Egg半球が並んでいる。作業机には静電防止シート (緑) が敷かれている。

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