ICEHAP NEWS vol.10
4/8

Upgrade = Gen2-Phase 1!*4 チェレンコフ光 宇宙から地球に飛んで来たニュートリノがIceCube検出器近くの氷河下を通過する際に、氷と反応して発生する光。IceCubeは氷河中に埋設されている光検出器でこの光を検出し、その到来方向などに関するデータを解析する。 *5 マルチメッセンジャー天文学 IceCubeで検出したニュートリノの情報を元に、電磁波に加えて、ニュートリノ、重力波などを用いて天体現象を解明することを目的とする天文学。2017年に検出されたニュートリノの情報により、世界中の観測施設が追尾観測を行い、世界初のニュートリノ放射源天体の同定に成功した。以上にし、より多くのニュートリノ起源天体を同定することを目標としています。 千葉大学IceCubeグループでは、2014年1月からIceCube-Gen2に向けた次世代光検出器の開発に取り組んできました。Gen2を見据える場合、建設費の多くを占める南極氷河中、深さ約3kmの穴を掘るためのコストをいかに削減するかが重要です。現在のIceCube光検出器では耐圧ガラス球中、下を向いた直径25cmの光電子増倍管*31台を使用していますが、これに対し新型検出器では直径20cmの光電子増倍管を上向きと下向き2台でモジュール化することにより、細長い形状となり、穴掘りコストの約20%減が可能となります。これらの最適化の結果、図3左のような卵型のデザインとなった新型光検出器モジュールはD-Eggと名づけられました。現在のIceCube光検出器と比較して、このD-Eggは上方向からのチェレンコフ光*4検出効率が大幅に向上し、トータルでは約2倍の感度を持ちます(図3右)。 南極点氷河に埋設されるという非常に過酷な状況に置かれる光検出器なので、D-Eggの開発に当たってはいくつかの特殊な困難を乗り越える必要がありました。南極といえば当然思いつくのは低温下におけるパフォーマンスの重要性で、IceCubeの場合は-40℃での安定した稼働が必須です。さらに見落としてはいけないのが、埋設時の大きな温度変化に対する耐性です。南極点では真夏でも-40℃になります。建設時にはこの空気中にあったものが、急激に約20℃の水で満たされた穴の中に入れられます。同様に氷河中では最大300気圧の圧力下での安定稼働が必須ですが、同時に埋設時に受ける最大で700気圧、小指の爪ほどの大きさに700kgもの重りが置かれているような圧力に対する耐圧性能が必要となります。南極点という極端な僻地であることによる制約は他にもあります。データ取得システムや電源があるコントロールルーム"IceCube Lab"と最深氷河中の光検出器は3kmを超える長さの銅線ケーブルで繋がれます。この耐圧ケーブルは非常に高価であり、たった1ペアの銅線で4台以上の光検出器への送電、コミュニケーション、そしてデータ転送の全てを担う必要があります。このため、使用できる電力は一検出器あたり4.5W、データ転送量は 約1,500 kbpsまでと制限されます。また、一度埋設されてしまうと実験期間中は2度と取り出すことのできないという制限により、性能アップだけではなく、過酷な環境下でいかに壊れない装置を作るかという観点が非常に重要です。 当初はGen2を目指してデザインされてきたD-Eggですが、2019年6月のNSFによるUpgrade計画の正式な図3:(左)千葉大学で開発され製造が始まるD-Egg光検出器の写真。(右)チェレンコフ光実効検出効率を光子の到来方向ごとに計算したもの。点線で示されるIceCubeの検出器と比較し、下向きの光子に対する感度が大幅に向上。トータルで約2倍の感度を達成した。決定にあたり、IceCube光検出器からの改良点や開発の進展が評価され、Upgradeにおいても採用されることになりました。詳細なデザイン審査を経て、千葉大学では300台を超えるD-Eggの製造を2020年2月から開始します。製造されたD-Eggは、それぞれ約20日間にわたる-40℃と室温との間の温度サイクルの中でスクリーニング試験を受け、これらの厳しい試験をパスしたものだけが、2021年から南極点に向けて送られていきます。 IceCube実験の一番の目的は、何といっても宇宙ニュートリノ、つまり宇宙線の起源の解明にあります。IceCubeによって確立したニュートリノを含むマルチメッセンジャー天文学を、次の段階に進めるにはIceCube-Gen2が不可欠です。Upgrade計画は、その進展に向けた重要なステップに相当します。Upgrade計画による詳細な氷の較正はGen2での点源探査に必要な、より間隔のあいた光検出器アレイにおける角度分解能の向上に重要な役割を果たします。それと同時に、Upgradeの建設はGen2建設のより直接的な第一歩にも相当します。南極点におけるGen2光検出器の埋設には氷河を2m/分の速さで掘り進めることのできるドリルの建設が必要です。この非常に大掛かりな装置が、今後3年かけ開発されます。そしてこのドリルはGen2でも使用されます。同様にこれまでに開発されてきた光検出器も、高エネルギーニュートリノの観測に向けた検出器設定の最適化を施すことで、Gen2での活躍が可能となり、しかも、そのモジュールはすでに南極氷河中での実地試験を経たものとなります。今年の南極点での夏シーズンはNSFによるUpgrade計画の正式な承認後初のシーズンであり、ドリルの建設の準備も始まります。これらの活動は、光検出器の本格製造と共に次世代宇宙ニュートリノ望遠鏡IceCube-Gen2のスタートの合図です。新型光検出器 D-Egg

元のページ  ../index.html#4

このブックを見る